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『みなかみ』の次に出したのが『秋風の歌』であつた。 『みなかみ』を瀬戸内海の島で編輯してゐた時のことで書き落した一事がある。餘りに急變した自分自身の歌の姿に驚いた私は、一首を書いてはやめ、二首を清書しては考へ込み、一向に爲事(しごと)の捗(はかど)らぬその間にまた行李を解いて萬葉集を取り出してぼつ/\と讀み始めた。心を靜めたいためとひとつは古來の歌の姿をさうした場合にとつくりと眺め直して見度いためであつた。そしてこの事は一層私に歌集清書の筆を鈍らしたのであつた。 とかくして出來上つた『みなかみ』の原稿を持つて上京した私は、程なく小石川の大塚窪町に家を借り、一時信州の里へ歸してあつた妻子(その間に長男が生れてゐた)を呼んで、初めて家庭らしい家庭を構ふることになつた。そして其處に永い間の獨身時代の自由や放縱やまたは最近一二年間の歸省時代の妙に緊張してゐた生活と異つた朝夕が始まつた。鎭靜があり、疲勞があつた。さうした一年間のあひだに詠まれたものが『秋風の歌』である。これは『みなかみ』の奔放緊張は急に影を消していかにも懶(ものう)い寂寥が代つて現れて居る。この本は友人郡山幸男君の經營してゐた新聲社といふのから出したのであつたが、程なく閉店したゝめ、同君の手により他の何とかいふ本屋の手にその紙型は渡つて今でも其處から出版されてゐるさうである。散文集『牧水歌話』も亦た同樣であつた。 『秋風の歌』で見るべきは、最初『海の聲』あたりから『路上』に及ぶまで殆んど感傷一方で詠んで來たものが『死か藝術か』に及んで(その名の示すが如く)多少の思索味を加へて來、『みなかみ』で一層その熱を加へてやがて本書に及んでるのであるが、これには熱叫するといふ樣なところがなく、たゞ在るがままの自分を見詰めて歌つてゐるといふ形に表れてゐる事などであらう。